空き家を探すとき気になるのが、何を基準に物件を選べばよいか?
購入後、どうリノベーションすれば いい? 費用はどれくらいかかる? どう資金調達をした? 等々のポイント。建築の専門知識がないと 判断に困る場面も多々あると思います。 そこで、空き家を素敵に活用している「先達」に、ご自身の経験したあれこれについて聞いてみることに しました。
今回お話をうかがった村上さんと岡本さんは、広島県尾道市とNPO法人尾道空き家 再生プロジェクトが運営する「尾道市空き家バンク」で見つけた物件を修繕して、美しいインテリアで知る 人ぞ知るカフェ兼宿「水尾之路(みおのみち)」を営んでいます。ここに至るにはいくつもの紆余曲折が あったとのこと。インスタグラムの写真と文章から薫る研ぎ澄まされた雰囲気を、いい意味で覆すような 明るく気さくなお話ぶりに、笑顔の絶えないインタビューとなりました。
自分の「好き」をマネタイズできる業態を考えた
−水尾之路について教えてください。
村上 築80年の日本家屋をリノベーションして、私達の住居兼カフェ兼1日一組限定の宿として運営して います。
−カフェ兼宿という業態を選んだのはなぜですか?
村上 カフェは当初から考えていた業態でした。本当はカフェと物販をやりたいと考えていたのですが、 駅から徒歩30分ほどの住宅街という立地では難しいのではないかと思いまして。 初めてこの建物を内覧させていただいた時に、2階の光の入り方やもともとの意匠を見てとても感激しま した。当初は一階を店舗、2階を私たちの住まいと考えておりましたが、自分たちだけしか使用しないの はもったいないと思い、宿にしようと考えたことが大きいです。
−お住まいでもあるんですよね。その空間を開放することに、抵抗はありませんでしたか?
村上 それほどありませんでした。
岡本 一階にカフェと自分たちの寝室があり、コロナ禍の前までは寝室の扉も開放したまま営業してい ました。尾道に移住希望で、どんな暮らしをしているか興味を持っているというお客様も多かったので、 なるべく包み隠さずお伝えしたいという気持ちがあるんです。私たち自身、費用のことや施工業者探しの ことなどを相談する相手がいなくて困ったので、今度は自分たちが何か力になれればなと思っています。
―尾道への移住、空き家利用を考えるようになった背景を教えていただけますか?
村上 私は因島(※芸予諸島の一つ。平成の大合併で尾道市に組み込まれた)出身です。大学入学を機に島を出ましたが、いずれは地元に帰ろうと考えていました。卒業後の就職先は、ライフスタイルブラ ンドを展開していたアパレル会社。彼女との出会いもそこでした。二人で話し合ってこちらに移住することに決めて、10年ほど前に尾道の空き家バンクに登録したんです。
ただ、移住しても、就職先となるような企業はありませんし、フリーランスで稼げるようなスキルもないの で、収入を確保するために何かしら商売をする必要がありました。そこで当初は、私たちのこれまで培っ たノウハウを生かせるような、物販とカフェからなるライフスタイルショップをやりたいなあと考えていました。
岡本 私の実家がある茨城県の鹿嶋市も移住先として考えましたが、少なくとも当時はカフェ兼物販み たいな業態でやっていくのは難しい土地柄だなと。尾道の方が観光地だし、空き家バンクがすでに始動していて、空き家を改装したお店や新しいことをしようという人が増えつつある時期だったので、移住先 として現実味を感じることができました。
−物件購入は、空き家バンク登録の7年くらい後ですね。その間どうされていたのですか。
村上 前職を辞めた後、カフェオーナースクールに通い始めて、自分たちが理想とする空間を実現する にはそれなりに予算が必要だとわかってきました。 どうしようか考えている時に見つけたのが、ビジネスホテルチェーンの仕事でした。
岡本 4年契約で、鳥取のホテルの宿直室に支配人・副支配人として住み込み、ホテルを運営するとい うものです。フロント業務や朝食調理のための人件費は必要ですが、水道光熱費や家賃がかからず、 業務委託料はほぼすべて貯金に回しました。その4年間、人生で一番働いたと思います。
岡本 ホテル勤めの最中は体力的にも精神的にも厳しい日々も多かったですが、終わってみれば有難 い経験だったと思います。

改装前の写真①

改装前の写真②
改修のイメージを固めるまでの紆余曲折
−その後、どういう経緯を経て現在の物件に出会ったのでしょう?
村上 ビジネスホテルでの契約が満了したので、とりあえず東京に戻ってマンションを借り、私は再びカ フェの学校に入り直し、尾道での物件探しを再開しました。彼女は、ホテルチェーンで私たちと同期だっ た支配人にスカウトされて、彼らのホテルのスタッフとして働き始めました。
岡本 ホテルの仕事は一旦区切りをつけたかったので当初は断っていたのですが、開業するまでの生 活費も必要だと思いまして。
村上 物件探しにあたっては、予算を抑える目的もあり、手を加えなければいけない箇所がたくさんある建物は避けました。それで見つかるまでに随分時間がかかってしまいました。
―ようやく見つけた建物の改修・リノベーションにあたり、どんな風にイメージを固めたのでしょう。プロに 委ねた部分はありましたか?
岡本 東京でデザインスタジオなどにも飛び込みで相談しました。 持ち込んだ事業計画書に興味を持っていただけたのですが、予算的に厳しいと…。
村上 我々の予算だと、綺麗にして元の状態に戻す以上のことはできないとのことでした。また、東京か らは現場に頻繁に通えないため、現地で信頼できる職人さんを探さなければならず、それも難しそうとの こと。その時は落胆したのですが、「そもそも自分たちは、デザイン的に凝った作り込みをしたいわけじゃ なかったよね?」と我にかえりました。
岡本 あまり作り込まず、元の状態に近づけるだけなら、設計士やデザイナーは必要ないのでは? と。
村上 建築関係の仕事をしている彼女の父親が「仕様書を細かく書けば概算見積を出せる」と言ってく れたので、床の素材、コンセントの位置や数などを洗い出し、必要な工事や予算を出してもらいました。 そして、紹介していただいた尾道近辺の工務店さんにお願いすることにしました。用途変更や大規模な 作り直しはしないと決めたので、図面の引直しやパースの描き起こしもありませんでした。

改装中の写真①
−工期はどれくらいですか?
村上 約3ヶ月半です。工務店さんが入る前から、私だけ先にこちらに来て家具や建具の表面の研磨を 地道にやっていきました。現代ものの家電などに溶け込ませたかったので、使い込んだ古い家具ならではの色やツヤを消すための作業です。最初は専門業者さんに頼もうと考えていましたが、そういうことを 仕事としてやっている人っていないんですよね。じゃあ自分でやるしかない、と。初めのうちは大工さん たちから「何しに来てるんだ」と怪訝そうに見られていましたが、柱や窓を一つ一つ仕上げていくうちに私 の意図を汲んでくれたようで、最終的にベテランくれたの職人さんから「あんた辛抱しいじゃのう」とか「こ れで金取れるわ」と言われるまでになりました(笑)。

改装中の写真②
周到なブランディングで、自分の「好き」を貫く −「水尾之路」のインスタグラムに、お二人の美意識が現れていると感じます。 岡本 たしかに、インスタから興味を持っていらしてくださるお客様が多いですね。
村上 味覚や美意識、居心地の良さなどは皆さんそれぞれ良いと思う物が異なると思いますので、イン スタではあえてそこには触れないようにしています。 実際その時々で家の中で私自身が感じたことを部分で切り取ってインスタで発信しています。
▶︎水尾之路さんのInstagram
https://www.instagram.com/mionomichi/?hl=ja

実際に投稿されている写真
なのでどうしてもイメージを切り取ったような情報ばかりになってしまうのですが、私自身、想像する余地 や余白が残されているインスタのアカウントのほうが楽しめるので。 私たちがこの家に中に居ることや暮らすことを楽しんでいるので、お客様にも水尾之路に居ることで何 かを感じていただけたら嬉しく思います。

水尾之路さんで実際に使われている家具
−そのユニークなスタイルは、ご自身の中にある幸福や豊かさに対する価値観がベースになっているの でしょうか?
村上 私たちの生活の場でもあるので、そうかもしれませんね。 この家に出会って、住居兼カフェ兼宿という場所作るにあたって感じたのは、今まで自分が経験した引き出しの中にあるものがベースとなってくるなと思いました。お店としての月売上の規模や、収容できるお客様の人数から使用するカトラリーに至るまで、当たり前 なのですが全て自分たちで決めていかなければなりません。沢山の選択を繰り返していった結果が今のお店だとすると、そこに自分たちの価値観や美意識、何を幸福と思うのか、などが反映されていくんだと思います。
世の流行に左右されず、自らの「好き」を貫くことで、他にはない価値を提供するビジネスにたどり着い たお二人。かといって、初期のイメージに頑なにこだわるのではなく、試行錯誤や紆余曲折も学びの機 会として受け止める姿勢に感銘を受けました。
また、予算を抑えつつも「手作り感」を排して洗練を追求した空き家の活用スタイルも実に新鮮! アイ デアと工夫次第で、空き家の可能性はさらに広がると確信できました。