吉祥寺駅にほど近いビルの地下。個人が集まって小さな本屋の本棚をシェアする「ブックマンション」という新しい取り組みが7月にスタートしました。運営するのは、かつてIT企業に勤めながら「BOOK ROAD」という無人古本屋を三鷹に作った中西功さん。「日本列島、本屋さん増大計画」をかかげ、誰でも開店・運営しやすい仕組みの本屋さんを作るための実験の場として、気軽に本屋を始められる“本屋のシェア”という仕組み作りに取り組んでいます。
「ブックマンション」について伺った前半に続き、後半では、かつて洋食屋さんだった空き家物件を「ブックマンション」を含む4フロアの複合施設「バツヨンビル」として生まれ変わらせた、空き家活用の可能性について教えてもらいます。
前編記事はこちら
⇒ 無人古本屋の次なる挑戦、IT思考で組み立てた“シェアする本屋”(前編)
「既存のビジネスモデルでは、たしかにリスクが大きすぎます。だから、この物件に合わせたビジネスモデルを考えようと思ったのです。ビル全体をスマホととらえて、各階にどんなアプリをインストールしていこうかなといった感じです」と中西さん。その結果生まれたアイデアの1つが、複数人で本屋をシェアするという地下フロアの仕組みでした。
この仕組みは本屋をやりたい人びとを集めることで一人ずつのリスクを減らしているというだけでなく、複数人から毎月一定の賃金が入るという点で、借主である中西さんのリスクも最小限となっています。リノベーションのための初期投資についても、クラウドファンディングである程度の資金をまかないつつ、内装などはTwitterで告知して集まったくれた人々が中心になって手伝ってくれたそう。「Twitterで仲間を集め、建築家の方とYouTubeも活用しながら作りあげた有人本屋ならぬ“友人本屋”なんです」と中西さん。
そもそも、このビルは洋食屋が立ち退いた後、半年以上空き物件でした。4層からなる細長いビルで、各フロアの大きさ的にも飲食店か古着屋さんくらいしか活用方法がなかったそうなのですが、幾分古い物件だったこともあり、リノベーションにかかる費用的なリスクを考えて、どうしても借り手がつかなかったのだそう。
そんな「バツヨンビル」には、地下1階の本屋「ブックマンション」以外に、1階のコーヒースタンドや2階の喫茶店、3階にはイベントスペースを作りました。建物全体のコンセプトは「手間を楽しむビル」。IT企業で働いてきた中西さんとは一見真逆にあるようなコンセプトですが、中西さんは「全てを効率化すると面白くありません」というのです。
たとえば、1階に8月中旬オープン予定のコーヒースタンドでは「支払い」が一番のポイント。アナログ時計とからくり人形の原理による「書き時計」という作品を制作したアーティストの鈴木完吾さんに依頼して、なんとこのカフェ専用の「からくり決済」を作ってもらったのです。2000を超えるのパーツでできた世界に一つの「からくり決済」は、お金をトレーに置き、レバーを引くと仕掛けが動くという仕組み。コーヒーはもちろんのこと、ここでは決済自体が楽しむものとなるのです。普通に考えるとテクノロジーで利便性や効率性を求めてしまいそうな場所を“コンテンツ”にしてしまう中西さんのアイデアはまさに「手間を楽しむ」ものです。今後は2階の喫茶店(家具は全て閉店した喫茶店から買い取ったそう!)や3階のイベントスペースも順次スペース貸しをしていくといいます。
IT企業に勤めていた中西さんらしいなと感じるのは、完成を求めるよりも「まずはやってみる」という実験思考を持ち合わせているところ。「バツヨンビル」のプロジェクトについて、会社の元同僚や友人からは「いきなりビルを借りて大丈夫?」と何度も聞かれたそう。それでも実現に移せたのは「とにかくやりながら考えよう」という思いがあったから。「商業施設では普通、内外装や什器などを完璧に用意してからオープンをしたいはずです。だけど、お客さんに利用してもらうようなところは、最初から完成させてしまうと危険だと思うんです。ある程度の余白というか、余地を残して、場づくりを手伝ってくれる人やお客さんと話をしながらニーズを把握しながら考えていくことが必要です」と中西さん。
今回の「ブックマンション」にしても、細かい部分はあまり決め込まずにスタートして、運営しながらベターな方法を模索していくつもりだそうです。値段を書いたスリップなんかも、本棚の借り手から知恵を借りて作ったとか。そんな中西さんに、空き家活用についての考え方を聞きました。すると、「空き家というのは、既存のアイデアでは使えないというだけで、もしかしたら異業種の人が見たら、思いつくアイデアがあるかもしれない。北向きの家は普通は嫌がられますが、実は日光を避けたいと考える本屋と花屋には需要があるんです。そんな風に、固定概念を持たずに、新しい意見や考え方を取り入れていきたいと思うんです」と答えます。
「この場所ではまず、利用者が使い方を考えていくことで、アイデアが増え、新しい実店舗運営の可能性が生まれるかもしれません。そうすれば、別の場所でも同じことができるかもしれない。『実店舗は効率化だけが可能性じゃない』ということが定着できると思うんです。そうすれば、街自体が楽しくなるし、空き家の活用方法も増えていくのではないでしょうか」。