夫が亡くなってどれぐらいが経ったかしら……。近頃、夫を思い出すことが減ったの。その代わり、わたくしの心を占めるのは初恋のあの人のこと。

そして、お抱え運転手の吉井が持ってきてくれる空き家物件のこと……。今日も、空き家からあの人のギターの音色が聴こえてくる……。

吉井「……様、奥様」

う～ん、あの日のあなたのあのメロディが忘れられないの。

吉井「奥様。まもなく到着しますよ」

その曲にはわたくしが詞をつけますわ……。

吉井「奥様、お目覚めください」

……あら、わたくし、少々眠ってしまっていたようね。

吉井「少々どころかたっぷりと……」

コホン。それで、今日は和歌山だったかしら。

吉井「さようでございます。今回の舞台は和歌山県海草郡紀美野町吉野となります」

赤枠：和歌山県海草郡紀美野町

和歌山と言えば、梅干し、みかんあたりかしら……。

みかん（イメージ）

吉井「今日参ります海草郡紀美野町でもみかんは特産品のようでございますね。あとは柿、山椒なども美味であるとか。ほかには棕櫚（しゅろ）製品なども有名だそうです」

棕櫚製品ってホウキのことよね。昔、お母様に掃除の仕方を教わったわ。ほうきを大きく動かすとほこりが舞い上がるからいけないのよ、って。結局、結婚してからはメイドたちがやってくれたけど……。

そうそう、吉井が好きな寺社もあるんじゃないの？

吉井「霊場高野山に続く高野西街道沿いには、医王寺をはじめとした多くのお寺がございます」

高野山

まあ、すてき！　観光地としてにぎわっていそうね。

吉井「のどかな場所ですが、利便性は高いようですね。和歌山県の各所へのバスが出ていますし、お店が多い海南駅までは車で25分ほどで行けるようです。本日の物件からも、コンビニや町役場へは車で5分、スーパーも10分程度で行けますね」

……いつもながら、吉井のリサーチ力には脱帽するわ。

吉井「恐れ入ります。さてここから物件に向かうわけですが……」

あらずいぶんと山の中に入っていくのね。

吉井「車が一台通れるといったところでしょうか。山の中を歩いていけば近道かもしれませんが、少し迂回して補整された山道を進んでいくことになるようです」

こういう道はなんだかワクワクするわね！　冒険に向かう途中のようよ！　今度こそあの人に会えますように！

それにしても夏は散歩するのにもいいかもしれないわね。子どもたちが虫取りをするのにもよさそう。……物件はあちらかしら。

吉井「そのようでございます」

吉井「左側が居宅、右側が倉庫として使われていたそうです。今回は中に入ることができませんので、外から見学するのみとなりますが……」

建物を見て中を想像するのも楽しいじゃない！　倉庫があるということは隣の建物は事務所として使われていたのかしら。

あと気になるのは敷地面積ね……。建物だけを見ていても広いように思うのだけれど。

吉井「……！」

どうかしたの？

吉井「いえ、奥様が空き家を見る目が養われていると思いまして。おっしゃる通りです」

※赤マーカーで引かれている敷地が該当物件です

吉井「居宅と倉庫のほか、建物の奥にある敷地も含めて合計で1200㎡になります。現在は山林のようになっていますが……」

十分な広さね！

吉井「居宅はほぼ廃屋状態ですので、建て替える必要がございますが、倉庫はそのままの使用も可能と伺っております」

倉庫内の様子

広々としていていいじゃない！　中を片付ければすぐにでも使えそう。確かに使い方もいろいろありそうね。駐車場にもできそうだし、屋根があるから趣味のバイクや車を触れるガレージとしても活用できそう！

吉井「趣味、という点では活用法は多そうですね。DIYを楽しむのにも良いでしょうし、陶芸などをするのにもいいかもしれません」

柵を作れば、ペットが雨の日も遊べる広場にもなるんじゃないかしら。ドッグランのような……。

吉井「それは良いアイデアかと」

※画像はイメージです

もちろん、ギターを弾くのにも良い環境だと思うわ！　山に音楽を響かすことができるんじゃない！？

吉井「さすが、奥様。抜け目がございませんね」

そう考えると、マイホームを建てて倉庫は趣味に使うパターンも良いし、週末だけ暮らす別荘としてもいいわよね。この山林の中の奥まった感じが秘密基地っぽくて、ワクワクするんじゃないかしら！　わたくしも動悸が止まらくなくってよ！　ハァッハァッ……。

吉井「それは奥様が運動不足だからでございます！敷地内にはまだ使用していない土地もありますので、ハンモックを作ってみたり、アスレチック的なものもあれば、施設としても使用できそうです」

※画像はイメージです

倉庫は屋根があるから、雨でもバーベキューができるし、子どもたちが飯ごう炊飯をするのにもいいんじゃない！？　いやだわ、わたくし、今日冴えています！……それで吉井、ここはおいくらなの？

吉井「100万円でございます」

マイホームを建てるにしても、施設として活用するにしてもお買い得すぎるわ……！一体、どうなっているの！？

吉井「いかがいたしましょう。そろそろ一度、ご購入されてみますか」

でも、吉井……ここでもあの人の気配が感じられなかったの。ギターの音色が一音だって聞こえてこなかった。

吉井「……そうでございますね」

もう少し、こちらの活用方法に想像を膨らませながら検討するわ！

吉井「かしこまりました、奥様」

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