横浜市中区の初音町、黄金町、日ノ出町を合わせた通称「初黄・日ノ出町地区」と呼ばれるエリアは、特異な歴史を辿ってきた。戦後から非公認の売春街、いわゆる青線地帯として知られていたが、1990年代後半に急速に拡大・拡散し、元からいた住民の転出が相次いでしまった。
そんな中で始まったのが「アートによるまちづくり」である。その中心を担うNPO法人黄金町エリアマネジメントセンターの約10年に渡る活動について、マネージャー・木村勇樹さんにうかがった。
浄化作戦を経て始まった「アートを通じたまちづくり」

黄金町エリアマネジメントセンターの木村勇樹さん
―この辺りではアートを生かしたまちづくりが進められていますが、活動が始まったきっかけについて教えていただけますか。
木村 以前から違法な風俗店はありながらも、普通の商店と棲み分けができていたと聞いています。それが、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、京急が高架橋の耐震補強を行うために高架下の店舗に立ち退きを求めたところ、違法風俗店が高架沿線に広がってしまいました。その数は2004(平成16)年がピークで、250軒にも達していました。最盛期は24時間営業で、一日中、呼び込みの女性が外に立つ姿が見られたそうです。
昔は違法風俗店の営業時間を限定するなど、地域と共存するための暗黙のルールがあったそうだが、それを無視する店が増え、外国人の不法滞在など新たな問題も浮き彫りになった。
木村 近隣の小学校の通学路がこの地域を横断していることもあって、地域の方は強い危機感を感じていました。それで町内会と保護者の皆さんが中心になって区役所や警察に相談して、2005(平成17)年、横浜市と神奈川県警によって「バイバイ作戦」が行われ、警官隊がこの地域を封鎖して、一斉摘発をしました。それによって違法風俗店はなくなったのですが、約250店舗全てが空き家になり、ゴーストタウン化してしまったんですね。
―平成の話とは思えないです……。
木村 そうですね(苦笑)。県警の威信をかけた作戦だったと聞いています。その後、「アーティストやクリエイターが都市に根を張ることで、その創造性が都市の新しい魅力を作り出し、産業を育む」という横浜市の提言「文化芸術創造都市」を背景に、この地域での「持続可能なまちづくり」がスタートしました。
その活動の第一弾となったのが、2008年に開催されたイベント「黄金町バザール」です。この時は人を呼ぶという意味である程度成果が得られましたが、やはり一過性のイベントだけではなく、継続的に取り組む必要があるということで立ち上がったのが「黄金町エリアマネジメントセンター」です。
かつての空き家・空き店舗がアーティストの活動拠点に。
―継続的な取り組みというと。
木村 アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)です。芸術活動を行う人を招き、その土地に滞在している間の創作活動などを支援する事業で、日本を含む世界各地で実施されています。黄金町では、横浜市が借り上げた元・違法風俗店だった空き店舗を我々NPOが管理運営して、主にアーティストのスタジオとして活用しています。アーティストにとっては、まちと一体化した環境で滞在や制作、発表ができることがメリットです。約1年の長期プログラムと約3ヶ月の短期プログラムがあり、年間で常時50組程度が入居しています。日本国内では最大規模だと思います。AIRを始めてしばらくは、一定の時期に公募して利用者を募っていました。現在は物件の数が増えたことから、空きが出たら随時ウェブサイトにアップして、問い合わせがあればその都度対応できるようになりました。
違法店舗の多くは小規模で、間口が狭く奥行きが深い二階建て。建築家やアーティスト、芸術系大学の学生らが携わって、外壁には塗装などをきれいに施し、内部は作品制作や展示がしやすいように改装されている。かつてと比べ、街並みはずいぶん明るくなった。

2005年に行われた「バイバイ作戦」直後の初黄・日ノ出町地区。高架下は鋼板で封鎖され、道を挟んで間口の狭い風俗店がびっしり並んでいた

2012年の様子。上の写真の建物を横浜市が借り上げ、アーティストのスタジオとして改修。高架下の鋼板も外された
―どんな方が利用されていますか?
木村 アーティストのほか、建築家や工芸家などクリエイターの方も。最近は、「アトリエ日ノ出町」と言って、子供のためのアート講座を実施している方々にも利用していただいています。アーティストの国籍は多種多様です。
―物件の借り上げに横浜市が関わっているのはなぜですか。
木村 違法風俗店が入っていた建物のほとんどが、不動産情報として表に出てこない、ある意味グレーな物件なんです。何かきっかけがあればまた違法な商売が始まりかねないので、行政や警察が抑えとして間に立つことで、ようやく安心して運営できます。民間だけで頑張ってもどうにもならない地域なんです。
アーティスト・イン・レジデンスにより街が変わり、若年人口が増加した
―AIRが始まってから、街にはどんな影響がありましたか? 大きく変わったのはどんな点でしょうか。
木村 何より違うのは、京浜急行の日ノ出町駅から黄金町駅までの高架下の景観です。バイバイ作戦で店舗が立ち退いてしばらくは一帯がバリケードのような鋼板で囲われていて、そのために、線路を境界にして地域が分断されてしまっていたんです。それが、この活動が始まって鋼板が徐々に取り外されると、視界が開けて雰囲気が一変しました。現在は、AIR用のスタジオのほか、我々が運営するギャラリーやブックショップ、Tinys(タイニーズ)さん(※Tinys Yokohama Hinodecho。YADOKARIが京浜急行電鉄とともに運営する、ホステル、カフェ、SUP等水上アクティビティの拠点が集まる複合施設。2018年4月から始動)が入っています。また、市の助成制度を使い、企画から実作業まで地域の方と一緒に作った「かいだん広場」が子供の遊び場として使われるようになったことも大きな変化です。10年前を知る人からすれば、この地域で子供が遊ぶなんて考えられないことだったんです。周辺にはマンションが増えてお子さんのいるファミリー世帯など若い世代の人口も急増し、地価も上昇傾向にあります。もともと横浜駅やみなとみらいへも近い便利な場所ですから、潜在的なニーズはあったんです。

現在、黄金町駅と日ノ出町駅の間には、元違法風俗店舗を改装したスタジオや、高架下の文化芸術スタジオなどいくつもの施設がある
アーティスト・イン・レジデンスが始まったことで、街は大きく変貌し、生まれ変わった。次回は、アートやアーティストがまちづくりに貢献できる理由や、「アートによるまちづくり」の集大成とも言えるイベント「黄金町バザール」についてうかがいます。
information
黄金町エリアマネジメントセンター
黄金町バザール2019 −ニュー・メナジェリー
会期:2019年9月20日(金)〜11月4日(月)
会場:京急線「⽇ノ出町駅」から「⻩⾦町駅」間の⾼架下スタジオ、周辺のスタジオ、屋外、他
開場時間:11:00〜18:00 ※毎週土曜と11月3日(日)は20:00まで開場
休場日:⽉曜(祝日の場合は翌火曜)
入場料:700円(会期中有効のフリーパス)
チケット事前申し込みURL:https://koganecho-bazaar-2019.peatix.com/
アーティストと地域が刺激し合い、新しい価値が生まれる