「新建築」4月号の表紙を飾った、およそ100坪の倉庫。横浜市鶴見区にある「HandiLabo」という空間で、家の作り方や楽しみ方を模索し、日本の新しい住文化を生み出すための場所です。新しい家の作り方を実験したり、DIYワークショップを開催したり、近隣住民を招いた「ハンディフェスティバル」なるイベントも開催されました。
実はここ、デニム工場の跡地でした。空間の広さが魅力的にもかかわらず、駅からの距離感やデニム工場に特化した設備などがネックとなり、数年間空き物件のまま放置されていたのだそう。
この場所を作ったのは2011年に設立されたHandiHouse projectという建築家集団。建築士ら4人による共同創業で、誰もが“家作り”に参加し、楽しみながら家を育てていく「HandiHouse」という文化を提唱・推進しています。“家作り”という一見馴染みのない工程を、プロと組み、施主に主体性を持って家作りに参加し楽しんでもらうことが彼らの大きな目的です。
依頼主とともに唯一無二の家作りを進めるのはもちろんのこと、逗子海岸にある海の家「SEASIDE LIVING」や八王子にある全48戸のDIY型ワンルーム賃貸「アパートキタノ」、みんなで作るシェアキッチン&小屋オフィス「ZUSHI NONOSE」などの独自プロジェクトを企画・施工・運営してきました。
最近では「アパートキタノ」のアイデアをベースに、賃貸マンションを借り上げて、入居者が自由にDIYしながら住むことができるDIYマンションを全国に広げていく計画もあるそう。企画を担当したHandiHouse project共同主宰の加藤渓一さんは「マンションでは入居者が変わるたびに“原状回復”するのが一般的ですが、そうではなくDIYによってマンションの価値をどんどんあげていくようなことが可能だと思いました」と言います。単なる“モノ”としての家ではない、新しい楽しみ方を提案しているというわけです。
HandiHouse projectに所属するメンバーは現在13人。そのほとんどが個人事業主として個別でも活躍する。ある種の“ギルド的組織”と呼べるでしょう。前述の加藤さんもスタジオピース一級建築士事務所という設計事務所の代表を務めています。HandiHouse projectは単なる仕事の場ではなく、個性豊かな建築関連のメンバーが集まり、チームでしかできないような実験的な取り組みに挑戦するための組織なのです。
だから、HandiHouse projectにはパッケージプランのようなわかりやすいメニューはありません。メンバー全員がそれぞれのプロジェクトで企画から設計、施工までを担当し、ゼロベースで新しい企画を提案するのです。ここではコミュニケーション能力やアイデア力が必須。共同主宰の坂田裕貴さんはHandiHouse projectについて、「個が集まり、さまざまなアイデアをチームとして発信するための場所だ」と表現します。
そんなHandiHouse projectが2018年、はじめて実験の場として作った実空間「HandiLabo」。それまで個人の仕事をやるかたわらで集まっては意見交換をしていたメンバーたちが、ある種の閉塞感を感じ始めたことが発端でした。「依頼をいただき、案件をこなしていく中で、少しずつHandiHouseという家作りに閉塞感と疲労感を感じ始めました。自分たちが掲げる家作りの文化を強く発信していかなければいけないという危機感から、場所探しを始めました」と加藤さん。
この場所はもともとデニム会社の工場跡地で、3棟あったうちの1つ。1棟は売りに出され、もう1棟はすでにマンションになっていたそうです。残る1棟の空き物件を内見した坂田さんたちは「ここしかない」と直感しました。それまで都内の狭い一軒家なども見てきた中で、雰囲気や広さ、都心からの距離などを総合的に鑑みても、やりたい方向性にぴったりハマったのでした。まずはメンバー全員が会員費用を払う形で借りることになり、オフィス空間を内部に建てて、実験の拠点として使われ始めました。
「たとえば、フランスの『シグー(Ciguë)』という建築家集団は、アトリエでモックアップを作ったり、実作しながらデザインすることで、独自のアウトプットで世界的に活躍しています。僕たちもそうした実験の場を持ち、考えることと作ることが隣り合わせの場で、空間づくりの新たな価値に挑戦していきたいと思っています」と坂田さん。既存の家作りにとらわれず、新しい楽しみ方を提案したいという並々ならぬ思いがあるようです。
「HandiLabo」の大きな特徴は、「HandiLabo Online」というオンラインサロンを持つことです。月額たったの540円でコミュニティに参加し、さらに1080円を追加で払えば、好きな時に「HandiLabo」を使える権利ももらえます。現在はフェイスブックで100人規模の非公開グループを作り、家作りに関する議論やDIYの相談などを行っています。オンラインサロンがあることで、ラボに訪れることができない地方の人々が参加できる上、気軽にDIYに関する相談を行ったり、DIYしたい人と教えたい人のマッチングの場にもなりえます。
「僕たちは単なるスペースや道具を提供するのではなく、人と人とがコミュニケーションを取れる場を作りたいと思っています。『HandiHouse project』で請け負える案件は限界があるけれど、プラットフォームとして人々をつなぎ、新しい家作りを加速することができたら嬉しいですね」と加藤さん。
都心から少し離れた場所だからこそ、これだけ広い空き物件があったわけですが、その広さが故に実験の場として空間を有効利用できていて、しかもオンラインと掛け合わせてコミュニケーションを生み出している。こうした点でも、空き物件の活用方法として大いに参考になる事例ではないでしょうか。