神奈川県横浜市中区の初黄・日ノ出町地区で行われている「アートを生かしたまちづくり」について、前編に引き続きNPO法人黄金町アートマネジメントセンター・木村勇樹さんにお話をうかがいます。
アーティストにとって居心地のよい環境づくりが第一
―アーティスト・イン・レジデンス (以下、AIR)など、黄金町アートマネジメントセンターの活動によって街が大きく変わったというお話でした。アートやアーティストがまちづくりに貢献できるのはなぜでしょうか。
木村 これは僕の意見ですが、小売店や飲食店として貸し出すより、この地域には向いているやり方だと思います。このあたりは住宅街で、決して人通りが多くはないので、不特定多数を相手にするような商売では集客に苦戦すると思うんです。お店の経営がうまくいかなければまちづくりに協力する余裕もできず、やがて離れていってしまいます。実際、いくつかそういう例をみてきました。一方、黄金町AIRに入居するアーティスト—特に海外の方は、補助金などを利用して限られた期間の中で創作活動を頑張ろうという方が多いので、気負わずに地域に関わってくれます。AIRの応募条件にも「黄金町エリアのまちづくりの趣旨やレジデンスの目的を理解し、活動ができること」「地域や事務局が主催するイベントへ積極的に参加し、地域住民のみなさんとの交流ができること」という項目を設けています。
こちらでもアーティストたちと地域が交流したり関わり合えるプログラムを用意していますが、僕らの知らないところで町内会の人と仲良くなって、地元の神社の祭礼に遊びに行ったりもしています。それがお互いの刺激になって新しいコミュニティが生まれている手応えもあります。
地域内には、AIRを利用していたアーティストが残してくれた壁画などのパブリックアートが何点かあり、NPOが運営するブックショップでは作品を購入することもできるほか、アート関連のイベントも行なっており、アートが生み出す価値がにぎわいの創出にも繋がっているようだ。
木村 とは言っても、平日やイベントのない日の集客はやはり難しいので、まずはアーティストが滞在しやすい環境を整えることが第一だと思っています。
それにまだまだ防犯上の注意は必要で、交番が24時間体制で警備をしているような地域なので、入居していただく際には注意点をきちんと伝えていますし、警備会社と契約して監視カメラや非常用ボタンを設置するなど防犯対策に力を入れています。今の状態は行政と警察の援助があってこそ成り立っていますが、先ほどもお話ししたように、昔違法風俗店を営んでいた建物を同じオーナーさんが所有しているケースが多く、伊勢佐木町などの歓楽街も近いので、いつ昔のような街に戻ってもおかしくありません。新築のマンションが増えているとお話ししましたが、投資目的のワンルーム物件が多く、実際にそういう商売に使われて検挙された事件もありました。そういったことを防ぐために、この地区で新築を建てるときは「まちづくり協議会」に相談してもらって、内容を協議した上で確認申請を出してもらうという制度ができました。
―明確なプランと展望が基盤にないと、ここでのまちづくりは進展しないんですね。
木村 本当に難しい地域です。今は行政、警察、地域などが集結してようやく真っ白に近い状態が保たれていますが、どこか一箇所が緩むと、たちまち崩れてしまうと思います。我々NPOとして緩めるわけにはいかないのは、やはりアーティストが来やすく、過ごしやすい環境づくりですね。そのためにソフト面で大切なのは、AIRとしてここにいる70組のコミュニティをいかに維持していくか。例えば、それぞれが個人事業主であるアーティストのキャリア支援です。まだまだ今後の課題という段階ですが、アーティスト向けの英会話講座を実施したり、実績を作ってもらう目的で、我々と交流のある各国のアートスペースに派遣したり、ということは考えています。あとはハード面。小さかったり古かったりする建物を利用しており、ガタが来ている箇所もあるので、きっちり整備して維持していかなければと思っています。
他の事業者との連携でイベントも進化
―まちづくりの活動が始動して以来、毎年開催されている「黄金町バザール」について教えてください。
木村 この「初黄・日ノ出町地区」全体が会場となるアートイベントで、12回目となる今年は9月20日からスタートします。国内外から公募で募った15組のアーティストに加え、いま黄金町AIRを利用しているアーティストも参加予定で、高架下の施設や元・風俗店だった店舗などを利用し、街を歩きながら楽しんでいただけるよう工夫しています。
―今年のテーマ「New Menagerie(ニュー・メナジェリー)」とにはどういう意味が込められていますか?
木村 メナジェリーという言葉は「展示のために集められた動物の群れ」「雑多な集合体」などという意味で使われていますが、もとは「マネジメント」と同じ語源です。毎回は、改めて僕らの「マネジメント(運営、管理)」活動の原点に立ち返り、アーティストによってどう街が変わってきたか、どう変わっていくかを作品を通じて見せていきたい、という思いを込めました。
―特別プログラムやイベントも多彩ですね。
木村 はい。ディレクターやキュレーターらが案内人となって、展覧会やこの地域について知っていただけるツアーを毎週末に実施します。アーティストが講師となる子供対象のワークショップも随時開催予定。また、参加アーティストによるトークイベントは、Tinysのカフェが会場になります。黄金町バザールで高架下の事業者同士連携するのは、実は今回が初めてなんです。多くの問題を抱えるこの地域で、我々NPOだけで頑張っても限界があります。特に集客については、民間の事業者から得られることは多くありました。黄金町で活動する各プレイヤーがそれぞれの文脈で頑張り、連携していくことが大切だとつくづく感じます。
Tinysも、昨年日本橋から移ってきた直後はイベント集客に苦労した。10年以上この地で堅実な活動を続けて信頼を得てきた「黄金町エリアマネジメントセンター」と協力することで、初めて学んだことも多い。
木村 協力してくださるみなさんから、今年の黄金町バザールは何かが違う、という声をたくさん聞きますし、手応えも感じています。ぜひ気軽に遊びにきてください。
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